謹んで初春のお慶びを申し上げます。 年末の「M-1」で「ミルクボーイ」にハマってしまいました。今年こそ「和牛」やで、今年は「かまいたち」やな、とか、期待も込めて素人予想しておりましたが、またしても裏切られました。「ツッコミ」の「間(マ)」だけで笑えるって、「間」って何なんでしょう。 「うちのオカンがね、好きな朝ごはんがあるらしいんやけど・・その名前をちょっと忘れたらしくて・・」 バカバカしいテーマで始まり、「コーンフレークやないかい」「ほな、コーンフレークとちゃうやないかい」の同じ「ツッコミ」の連複。 コーンフレークをこき下ろしながらコーンフレーク側も悪い気はしない、そのセンスも秀逸ですが、実は広島県出身の私がシンパシーを感じるのは微妙な西日本(中国地方)に通ずる「ツッコミ」のイントネーションのような気がします。ほんまもんの大阪人の方たちにはどう映ってますでしょうか。 例年通り、田舎へ帰省して参りましたが、少々ショッキングだったのは年末に営業している飲食店が「ゼロ」だったことです。「働き方改革」が進んでいるわけではありません。 九州から帰省した同級生が呑もうと誘ってくれて、結果20軒以上に電話しましたが、1軒たりとも営業していない!20年前は帰省すれば、年末に同窓会を行う学年がありますから、必ずそれをターゲットにした飲食店が大晦日も営業しておりました。この失われた20年は想像を超えてます。帰省してくる世代(25歳前後)が既に少子化だったんですね。帰省する人がそもそもいない。結局のところ、隣町まで出掛けました。 東京オリンピックが終わると・・ 10年間で人口が700万人も減少する時代、高齢者(65歳以上の方)が3500万人に膨れ上がり、そして団塊の世代が75歳となる年。これが「2025年問題」です。不動産に置き換えると、今、売れ行き好調なマンションでさえ9割近くが値下がりに転じるとのデータもあります。 帰省して田舎の風景を見ると思い出す映画があって、古い映画で恐縮ですが「楢山節考(姥捨山)」です。飢饉(食料不足)が時代背景でしたが現在の社会保障(税金不足)にどこかが似ています。そのエンディングは、お年寄りの「生きた知恵」によって災難を避け、「親」の子に対する愛情が人を動かす、そんな救われる話だったように記憶してます。 自分の親だけには長生きして欲しいという個々の願いの連鎖が、高齢者はお荷物だという全体数字を作り上げている、その矛盾を何とかして救われる話にしていくべきですね。私たちの世代で。 |