尼崎のイメージって、松ちゃん浜ちゃんが誇張してることもあって「昭和」の危険な臭いのする街、そんなイメージが強いですよね。「百里会」という歴史探訪の会(前職会社OB主催)に出向き、初めて尼崎という街を歩くことになりましたが、ここいらよりよっぽど街並みも雰囲気も高尚でしたね。 写真は、JR猪名寺駅ちかくの公園で催されてました「雪まつり」の風景。今年はともかく、例年も雪など積もらないだろうに・・「雪まつり」ですよ。どこからか持ってきている「雪」なのでしょうが、なかなか南大阪では考え難い行事です。街中にも「自転車道」が整備されてたり、阪神尼崎駅前の商店街は「歩きタバコ」の人さえ見掛けません。 田能遺跡(弥生時代)や近松門左衛門の墓とか巡りまして最終目的地「尼崎城」へ。尼崎駅に「お城」を復旧させたことの影響力はかなり大きいのでないでしょうか。歴史的背景はひとまず横におきまして、昔、習いました「割れ窓理論」を思い出します。地下鉄の落書きを消す、そんな些細なことからニューヨークニ市内の重犯罪が減っていく実例です。 今、建築中の「OMO7 大阪新今宮」もそうした付加価値を生むでしょうし、天王寺辺りは、「ハルカス」建築以降の街づくりによって、女子高生が一人ででも遊びに行く街に様変わりしました。 話は少し脱線しますが、この会に出向く電車で南海高野線を利用し、社内のマスク率を計算してみました。「コロナウィルス」で潔癖となっているご時世ですが、なんと私の乗った車両は約40%でした。偶然にも、この会に参加された先輩が南海本線を利用されてて、同じく数えたらしいのですが、南海本線は80%前後だったらしいです。外国人乗車数の違いですかね、この意識の差は。 実は、私もマスクをせずに乗り込んだわけです(必要以上に手洗いとウガイはしております・・)が、何もかも潔癖社会になることへの良く分からない不安に抗いたい自分と、自分だけは生き残りたいという生物的な本能が入り混じっておりますが、そんな悠長なこと言ってられるのは、ここ堺市東区がまだまだ安全な街だと思えてるからかも知れません。 |